評価:
この部分は、この著作の肝であろう。
文字も書物もない。遠い昔から、長い年月、極めて多数の、
尋常な生活人が、共同生活を営みつつ、誰言うとなく語り出し、
語り合ううちに、誰もが美しいと感ずる神の歌や、誰もが信ずる
神の物語が生まれて来て、それが伝えられて来た。この、彼の
言う「神代の古伝説」には、選録者は居たが、特定の作者はいなかった
のである。宣長には「世の識者」と言われるような、特使な人々の
意識的な工夫や考案を遥かに超えた、その民族的発想を疑うわけには、
参らなかったし、その「正実」とは、其処に表現され、直に感受出来る
国民の心、更に言えば、これを領していた思想、信念の「正実」に
他ならなかったのである。(P148〜149)
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