評価:
漱石は、「明暗」執筆最中の大正5年(1916年)に、たてつづけに、
芥川龍之介、久米正雄両名に、書簡4通を送った。その中二興味深い文章がある。
牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬にはなりたがるが、
牛には中々なり切れないです。僕のような老猾なものでも、只今牛と
馬がつながつて孕む事ある相の子位な程度のものです。
あせつては不可ません。頭を悪くしては不可せん。根気づくでお出なさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知つてゐますが、花火の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。それ丈です。決して相手を拵えてそれを押しては不可せん。相手はいくらでも後から後からと出て来ます。そうして吾々を悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。
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