評価:
「延喜式」には魚がたくさん出てくるのだが、
農的な評価になってしまっている。
そういう見方が出て来るのは、江戸以降から。
明治時代の学者は、既成の理論でものを考えるのではなく、
自分の目で文書や記録を読んで格闘した。
大正から昭和にかけて、江戸期の学問の流れが、
アカデミーから切られてしまった。
江戸時代には既に、
ヨーロッパの技術を消化できるだけの条件は備っていた。
御一新では、それに依存しながら、切り捨てた。
いたずらに欧化した反面、
神話を事実とした教育がなされていた。
P99に核心的な意見あり。
日本は非常に古い時代から山の木が切られていた。
にもかかわらず、まだ山は残っている。
隆慶一郎を誉めている。
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