評価:
吉田松陰は、
友人と交わした東北旅行の約束を守ったため、
長州藩を脱藩することになる。
(藩からの過書手形の発行を待たずに、
他の藩に入ってしまった)
論語や孟子の教えでは、
「忠」より「義」の方が優先される概念なのか知らん、
と思ってみたが、どうも違うようだ。
このへん、司馬さんの解釈をみても釈然としない。
この本では、2つの点に触れられている。
すなわち、松陰は、若くして長州藩内の山鹿流の家元を継いだ身である。
なので、脱藩しなければ、西欧流の戦争の方法を学べなかった。
もうひとつは、根源的改革主義者であった点。
なにごとも原理に帰って、原理の中で考えを純化する思考の癖がある。
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